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休日の本棚 世にも奇妙な人体実験の歴史 病理を学ぶ

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おはようございます。

今日は、まずトレヴァー・ノートン著「世にも奇妙な人体実験の歴史」(文春文庫)を取り上げます。なぜ、このような不気味な本を取り上げるかと言えば、巻末に仲野徹先生の「解説 特別集中講義『人体実験学特論』へようこそ」という秀逸な解説文が載っているからです。医学の歴史は人体実験の歴史だったと言えるのかもしれませんし、医学だけでなく多くの科学が人体実験の歴史だったとも言えます。解剖に命を捧げ墓場から遺体を盗み続ける医師、梅毒患者の膿を自らに擦り付け梅毒と淋病の両方にかかってしまった医師、コカイン・モルヒネなど麻酔薬の開発に携わり自ら効果を試し中毒者になった医師、伝染病患者のゲロを自ら飲んだ医師、自分の心臓にカテーテルを通した医師、半死半生になっても爆発に身を晒した科学者、海難者が生き残るためにどうすればよいか自ら漂流実験をした科学者、サメに腕を食いちぎられてもサメの研究をやめなかった研究者、超高圧へ挑戦し続けた潜水夫など、自らの身体を犠牲にした人々の物語が面白おかしく語られています。これらの人々は、国家のため社会のためというよりはむしろ自分自身の興味・好奇心を満たすために挑み続けたように思われます。

この解説文を書かれた仲野徹先生は大阪大学医学部教授で、「こわいもの知らずの病理学講義」(晶文社)を書かれています。この本は、医学の本であるのに結構流行りました。本の帯に「ボケとツッコミで学ぶ病気の仕組み」とあり、ご本人も「近所のおっちゃん、おばちゃん」に読ませるつもりで、大阪弁でしょもない雑談をかましながら病気の仕組みを笑いとともに書き下ろしたとされているように面白い本です。ただ、「近所のおっちゃん、おばちゃん」向けと言いながら医学の本ですから専門用語が飛び交います。著者も言われるようにこれはある程度仕方ないことなので知的好奇心を持って読み込んでください。

まず本書の題名になっている病理学ですが、「疾病を分類・記載し、その性状を究め、病因及び成り立ちを研究する学問」(広辞苑)です。患者の病巣から採取した組織を染色して顕微鏡で調べ、病因を探り病気の成り立ちを調べる学問です。

本書の前半部分は、細胞、血液、遺伝、DNAといった基本的な話から浮腫・貧血・血栓症と塞栓症・梗塞といった病気の成り立ち・病因を分かりやすくかつ面白く冗談を交えながら解説されています。

「第1章 負けるな!細胞たち」から1つ。酸素が不足するとATP(アデノシン三リン酸)が合成されずエネルギーが不足します。ATPが減少するとカルシウムポンプの働きが弱まり細胞外からカルシュウムが細胞内に流入します。その結果、細胞内にある酵素が過剰に活性化され細胞を傷つけます。またタンパク質の合成にもATPが必要ですが、ATPが枯渇するとタンパク質の合成が行われず、すでに傷ついていた細胞膜やミトコンドリアが十分に機能せずに細胞は帰還不能限界点を超え不可逆的な死(壊死)を迎えます。このように酸素がなければ細胞は生きていけませんが、ミトコンドリア内で酸素を利用してATPが産出される際に活性酸素が出てきます。この活性酸素が蓄積されると細胞のたんぱく質や資質を攻撃し最終的には細胞を殺してしまうのです。細胞にとって、なければ困るけれどありすぎては危険、それが酸素なのです。ここで述べられている壊死とは異なり、アポトーシスという細胞死についても述べられています。これは細胞自身の自殺です。長期にわたる強い炎症反応や免疫反応は正常な細胞を傷つけるので不要になった免疫細胞に死んでもらうというシステムがアポトーシスです。不思議なシステムが備えついています。

本書の後半部分は、「がん」について分かりやすく面白く解説されています。正常な細胞も増殖します。正常な細胞には過不足なく必要なだけ増殖するようにコントロールするメカニズムが備わっています。腫瘍の細胞が過剰に増殖するもののうち、悪性のものが「がん」(悪性新生物)です。「がん」になるには、がんになりやすい突然変異が、一つの細胞に5~6個生ずる必要があります。がんの統計によれば、がんによる死亡者数は男女とも増加していますが、高齢化という年齢で補正した場合、男女ともに減少しています。これは医学の進歩によるところが多いようです。30歳代後半から40歳代までは女性の方が多く、60歳以降は男性の方が顕著に高率になっています。これは、乳がんや子宮がんは比較的若年に多いことと男性の前立腺がんが高齢に多いことによるようです。

「第4章 『病の皇帝』がん各論編」から1つ。著者の専門分野はエピジェネティクスです。エピジェネティクスとは、「染色体における塩基配列を伴わない変化」のことです。細胞が分裂してもDNAの塩基配列によらない情報が存在するのです。エピジェネティクスのうちの重要なものにDNAのメチル化があります。

がんの発症の主要な要因は、あくまでも塩基配列の変化、突然変異ですが、DNAメチル化も関与しているのです。

このエピジェネティクスはがんの診断に役立つとともに、がん治療にも役立つのではと期待されています。すなわちDNAのメチル化ががん発症の要因の1つとすれば、メチル化を阻害する薬ががん治療に役立つはずです。そうした研究が進められています。近い将来、エピジェネティクスでがんが撲滅できる日が来ることを期待しましょう。

エピジェネティクスの話が出てきましたので、仲野徹先生が書いておられる「エピジェネティクスー新しい生命像をえがく」(岩波新書)を紹介します。エピジェネティクスの現状を分かりやすく解説したと言われていますが、「こわいもの知らずの病理学講義」に比してかなり専門的で難しいです(おっちゃんやおばちゃんに話すような冗談や雑談はありません)。「第4章 病気とエピジェネティクス」では、詳しくがん治療とエピジェネティクスが触れられています。また、女王バチと働きバチに分かれるミツバチ、ほとんどオスがいない三毛猫とエピジェネティクスの話なども面白いです。また、植物ではアサガオの色・模様とエピジェネティクスの話も興味深いです。

東野圭吾氏の小説に「夢幻花」(PHP文芸文庫)があります。これは、一人の老人が殺されて黄色い花をつけた鉢がなくなった。これは江戸時代まで存在していた黄色いアサガオだった。ネタバレになるので内容の詳細はやめておきますが、この小説を読んだときエピジェネティクスのことを思い出しました。東野圭吾氏はエピジェネティクスを意図して書かれたのではないようですが、エピジェネティクスを学びそのことを考えながら読むのも面白いと思います。

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