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休日の本棚 経営センスの論理

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おはようございます。

今日は、楠木建著「経営センスの論理」(新潮新書)を紹介します。楠木氏は、以前紹介した「ストーリーとしての競争戦略」の著者で、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授です。

ビジネスパーソンの多くは、「すぐによく効く新しいスキル」を求めているようで「ノウハウ本」「あんちょこ本」がよく売れています。しかし、英会話や財務諸表の読み方などはスキルを身につければなんとかなるものの、スキルだけでは経営はできません。戦略を創るというのはスキルだけではどうにもならない仕事で、「センス」が必要です。スキルとセンスをごっちゃにすると、だいたいスキルが優先し、センスが劣後します。本来はセンスの問題であるはずなのにスキルとすり替えてしまうと悲惨なことになります。楠木氏は、スキルよりセンスが重要となる典型例として「異性にモテる・モテない」を挙げて説明します。異性にモテるというのはセンスです。ところが、雑誌や本には「こうすればモテる」というスキルめいたものが山のように紹介されています。そこで紹介されている方法を全部取り入れたらどうなるか、間違いなくますますモテなくなります。経営も同じというわけです。「儲かるための戦略」「うまくいく戦略」など多くの戦略がノウハウ的に紹介されていますが、経営センスもなくそのノウハウだけを取り入れても、儲かるどころか損をし、うまくいくどころか失敗します。スキルであれば、それを習得するための方法があります。教科書があったり、教育機関があったり、研修プログラムが用意されています。しかし、センスが身につくという標準的な手法はありません。数多くの優れた戦略ストーリーを読み解き、その本質を見て見破る、その繰り返しの中で、ゆっくりと、しかし確実にセンスが身が磨かれていくと言われています。つまり、「センスがいい」戦略の事例に多く当たって、その文脈で「センスの良さ」を読み解きつかみ取っていくしかないのです。

多くの会社では、「この事業は期待収益率が悪い」「マーケットの伸びが期待できない」と言った良し悪しの判断がなされています。しかし、優れた企業や革新的な事業では、「良し悪し」よりも「好き嫌い」で物事が決まる場合もあります。楠木氏は、「好き嫌いを自分で意識し、好き嫌いにこだわることによって、経営者として重要なセンスが磨かれる」と言います。

以前、垂直統合モデルか水平分業モデルかという議論がなされました。楠木氏は、「個別の企業の戦略や指針を検証するのに『垂直か水平か』という切り口ではザルの目が粗すぎる。本質をすくい上げることはできない。経営はどこまで行ってもケースバイケース、すべて特殊解だからである」と言います。ケースバイケースで特殊解だから、ノウハウ本のスキルだけでは経営を行うことはできないのです。経営に必要なのは特殊解を引き出す「センスの良さ」なのです。

また、イノベーションについて、「技術進歩の『できるかできないか』の問題ではなく『思いつくかつかないか』の問題だ」と言います。「できるかできないか」というならスキルの問題ですが、「思いつくかつかないか」「気がつくかつかないか」はセンスの問題です。イノベーションを成し遂げるにはセンスが必要です。

次に、楠木氏は、リーマンショック東日本大震災の時を例に説明されていますが、今回の新型コロナウイルス禍も同様です。「景気」や「業界の競争構造」にばかり目を向けていれば、個別の「戦略」に目がいきません。これでは「森を見て木を見ず」ということになってしまいます。このような危機的状況でも個別の戦略は必要です。むしろこのような危機的状況だからこそ戦略が必要なのです。景気や業界のせいにしていれば自社が抱える問題点が浮き彫りにされず、結局はこの未曽有の危機を乗り切ることが出来なくなります。景気や業界構造のせいにするのではなく、戦略と関連付けてその原因を特定することが大切になるのです。また、個別の施策だけを見ただけで戦略を理解したつもりになるのも早計です。これで「葉を見て木を見ず」になってしまいます。木(戦略)に目を向けることが大切です。戦略に目を向けて危機的状況を乗り切るためにはやはりセンスの良さが必要になります。

楠木氏は、郵政民営化やTPP問題を例に「『日本は複雑な問題を抱えて大変だ。だが、そう不確実でもない。問題の正体は分かっているし、何をすればいいのかも決まっている。ついては、こういう段取りでこういう順番でこういう風に問題を片付けていく。この先、この段階ではこういう立場にある人々には苦しい状況になる。しかし、この先にはこういう未来が開けているのだからついてきてほしい』という強いメッセージをまず政治家が示さなければならない。それを受け入れる程度には日本国民は成熟しているはずだ。ところが政治家からはその種のストーリーがさっぱり聞こえてこない」「首相には骨太で平明なストーリーを作るという仕事に、すべてに優先して取り組んでほしい。言葉と体のすべてを動員して、そのストーリーを堂々と国民に伝えてほしい」と言われています。まさにその通りです。今回の新型コロナウイルス下でも同じことが言えます。まあ、今の政府、安倍首相には期待できませんが・・・

そして、「トップに立つものが未来に向けたストーリーを語るべきというのは、企業でも同じだ」と言われています。日本はビジネスにとって逆境先進国です。歴史を見ると、逆境に立ち向かうことで日本の企業の能力は錬成されてきました。逆境に耐え克服する力は十分にあります。逆境を正面から受け止め、問題の本質を直視して腰を据えて戦略ストーリーを創るのです。それをステイクホルダー(従業員・投資家などの利害関係者)にいやというほど繰り返し発信するのです。これはスキルではなくセンスです。

楠木氏は、「政治がダメでも企業は自由に動ける。政治に依存して企業がよくなったためしはない。日本の経営者、企業人には自らの力で逆境を踏み越える気概を示し、政治に『ほら、こうやったらできるだろ!』という手本を見せつけてもらいたい」と言われています。全くごもっともです。企業経営者の人たちには、政治の失敗の煽りを受けることなく頑張ってもらいたいものです。

今回の新型コロナ禍の危機的状況の中、また「ウイズコロナ」の新しい時代に、中小企業がこれを乗り切るための明確なスキルはありません。思いつき、ひらめき、そこからアイデアが生まれます。アイデアを生み出すのに必要なのは経営センスです。センスというのは人それぞれ、千差万別です。そうしたセンスを磨くにはどうすればいいか、というエッセンスがちりばめられている本です。面白いです。

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