中小企業が日本を救うbusiness-doctor-28

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休日の本棚 変質する世界

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おはようございます。

昨日の新規感染者は1176人で、4日ぶりに1000人を超えました。東京は206人、大阪177人、福岡143人、神奈川123人、愛知109人と1都1府3県で100人を超え、沖縄は97人でした。亡くなられた方も11人で、大阪3人、東京2人のほか愛知、奈良、香川、愛媛、福岡の6県で各1人ずつ、80代が6人、70代2人、90だお十60代が各1人と高齢者の死亡率が高いです。感染は若年層が大半ですが、徐々に各世代に広がりを見せています。高齢者と基礎疾患を持っている人の死亡リスクは高いので、これらの方々がうつらないようにしっかりとした対策が必要です。

今日は、Voice編集部編「変質する世界 ウイズコロナの経済と社会」(PHP新書)を紹介します。この本の表紙に「『これから』を本気で考える」とあります。

中国武漢に端を発する新型コロナウイルスが世界を覆いつくし、今なお混乱を招いています。未知の感染症が世の中の仕組みから空気まで一変させました。最早この感染症を少なくとも短期間で克服することは困難です。「アフターコロナ」ではなく「ウイズコロナ」ないしは「ニューノーマル(新常態)」と呼ばれる時代を生きる覚悟、意志が求められます。コロナ禍という未曽有の危機に出合ったったのちの世の中は、これまで以上の速度で変質し続けています。未来を見通すことが極めて難しくなっています。だからといって、思索を止めてよいのでしょうか。世界が大きく変わるなら、日本は、また日本人は、果たしてどのような経済や政治、そして社会の形を目指すべきなのかを一人一人が自分の言葉で考えなければなりません。本書は、月刊Voiceに掲載された新型コロナ関連のインタビューや論考をまとめたものです。ウイズコロナと言う時代に、われわれはどう生きるべきか、何を守り何を変えていくべきか、どのような国や社会を目指すべきなのか、私たち一人一人が問い続けていかなければなりません。表紙にあるように、「これから」を本気で考えなければならないのです。各界の第一人者がウイズコロナの世界を読み解く論考15編を基に考えてみてください。

  1. 安宅和人・・・アジャイルな仕組みが国を救う
  2. 長谷川眞理子・・・野放図な資本主義への警告だ
  3. 養老孟司・・・日本はすでに「絶滅」状態
  4. デビッド・アトキンソン・・・コロナと大震災の二重苦に備えよ
  5. エドワード・ルトワック・・・コロナ時代の米中対決
  6. ダロン・アセモグル・・・アメリカのゆがみが露呈した
  7. 劉慈欣・・・人類の団結はSFの世界?
  8. 御立尚資・・・コロナ後の世界を創る意志
  9. 細谷雄一・・・政治経済の「免疫力」を備えよ
  10. 戸堂康之・・・コロナ後のグローバル化を見据えよ
  11. 大屋雄裕・・・自由と降伏の相克を乗り越えられるか
  12. 苅谷剛彦・・・「自粛の反乱」は社会に何を残すか
  13. 岡本隆司・・・日中韓の差を生む「歴史の刻印」
  14. 宮沢孝幸・・・経済活動は「1/100作戦」で守れる
  15. 瀬名英明・・・私たちは「人間らしさ」を問われている

これら15編の論考のうちからいくつかを紹介します。

1 安宅和人・・・アジャイルな仕組みが国を救う

 安宅氏は慶應義塾大学教授で 「シン・二ホン」の著者。「シン・二ホン」は映画「シン・ゴジラ」からヒントを得たタイトルです。新型コロナへの危機対応は、ゴジラへの危機対応と「未曽有の脅威に立ち向かう」という点で類似しています。「シン・ゴジラ」に登場する政府の人間はみな理路整然としてブリリアントだったが、それでもゴジラという未知の脅威の前では無力でした。これはアジャイル(迅速かつ柔軟)に対応できる仕組みとルールが事前に整備されていなかったからです。今回の安倍政権の動きもよく似ています。ただ、未確認生物が東京湾に現れた「シン・ゴジラ」より安倍政権のスピードは極めて遅いです。著者は安倍政権を擁護していますが、私の目から見れば失政だったと思います。何度の書いていますリーダーの資質を考えれば、リーダーとしては失格と言っても過言ではありません。安倍政権への批判は置くとして、こうした未曽有の危機に対処するにはどうすればいいのでしょうか?

 安宅氏は、「いま世界で何が起きているのか、マクロなトレンドを押さえることが重要」と言います。そして、このトレンドとは「『ウイズコロナ』状況を前提とした密の回避」だと言います。「密閉・密接(closed/contact)×密(dense)」の価値観から「開放(open)×疎(sparse)」な価値観への変更のことで、著者はこれを「開疎化」と呼んでいます。本社中心、都市密集型を前提とした経営戦略を見直す良いタイミングだと考えられると言っています。テレワークなどでどこでも仕事ができるようになれば、都市に住居を構える必要ななくなり、持続可能な「風の谷」を創ることが重要になってきますが、並大抵にできることではありません。100年と言った長期スパンで考え「コロナによる医療崩壊をどう防ぐか」「経済活動をいかに再開するか」と言う議論の先に、オフグリッドな開疎空間の構築を見据えなければならないと言っています。

3 養老孟司・・・日本はすでに「絶滅」

 養老氏については、8月1日に、「『自分』の壁」と言う本を紹介しています。そこでも書きましたが、一人称の死、二人称の死、三人称の死があります。若者がマスクをせず外出し、夜の街でコロナウイルスに罹って高齢者の命を危険にさらしていると言われますが、一人称(自分の死)を見ることはできませんし、第三称(無関係な第三者)人の死を客観的に考えることも不可能なのです。人間が死を考えられるとしたら二人称(身内や友人)の死だけです。しかし、今の若者はそれすら考えることが出来ません。日本が核家族化を心配しているうちはまだよかったのですが、今は核家族する崩壊しています。大都市では単身世帯が半数になり、同居している家族や高齢者がいないのです。だから二人称の人を顧みることが出来なくなっています。まさに社会の崩壊です。日本の出生率は1.42です。再生産が出来なくなった動物は、生物学的に絶滅危惧どころではありません。既に「絶滅」一直線。コロナウイルスよりも少子化による絶滅を心配した方がよいと言っています。養老氏ならではの歯に衣を着せぬ言い方ですが、長い目で見ればウイルスとの共存は可能でしょうが、少子化による滅亡は着実に迫ってきています。

4 デビッド・アトキンソン・・・コロナと大震災の二重苦に備えよ

 アトキンソン氏については、8月6日にも取り上げました。彼の生産性の低い日本の中小企業に対する批判は、多くにお中小企業経営者には耳が痛いところで腹立たしさを覚えることもあります。この論考も、政府の企業支援の対象が生産性の低い小規模事業者に偏っていることを問題視しています。アトキンソン氏は、なぜこのような批判を行うのでしょうか。小規模事業者の創出付加価値は14%に過ぎず、日本の雇用者全体を見れば中堅企業が最も核となります。その核となる中堅企業を守る政策を優先すべきだというわけです。GDPが増えていないのに財政支出を増やすことは将来世代への負担を増やすだけで特効薬にはならないと言っています。そして今やるべきことは最低賃金の引き上げだというのです。「倒産・休廃業企業の増加=失業者が増える」という論理は成り立たない、日本は「中小企業が宝」という価値観から脱出すべきだとも言っています。なかなか辛辣な発言で色々と批判もありますが、死の発言に少しは耳を傾けてもいいように思います。

7 劉慈欣・・・人類の団結はSFだけの世界?

 劉氏は、著書「三体」(早川書房)が、せかいてきな文学賞ヒューゴー賞を受賞した中国のSF作家です。今回の新型コロナ禍は、経済の打撃もさることながら、政治的な影響が大きいと言っています。中国と西側諸国との間の矛盾や衝突は冷戦後で最悪、政府間だけでなく大衆レベルでも無理解、敵意が深刻となり、各国の内部でも分断が深刻化しています。歴史的に見ても人類が団結したことはなく、分断こそが人間の本質かもしれないと言っています。この未曽有の危機を乗り越えるために、第二次大戦終結時に国際連合が出来たように、現実を直視し、各国が団結できるという楽観論を捨て、国家間や文明間の対立を極力避けながら災難に立ち向かえる新たな政治・経済メカニズムを構築しなければならないと言っています。新型コロナが人類に与えた最大の教訓は、社会が常に発展していくというのは幻想で、不測の事態はいつでも起こりうるもの、唯一予測できるものは「未来は予測できない」ということです。われわれはこれほどまでに不確実な世界に住んでいるのだと、全人類が心の準備をしなければならないのです。

8 御立尚資・・・コロナ後の世界を創る意志

 御立氏は、世界的コンサル・ファームのボストンコンサルティンググループのシニア・アドバイザーです。

 コロナ禍の未来の世界について、コントロールできる領域とできない領域を峻別して考える必要があると言っています。コントロールしがたい領域については「高以外前世で近未来に怒ることは何か。その中で備えておくべきことは何か」と問い、われわれ次第で姿が大きく変わる領域では「可塑的で、能動的に選択すべき未来とは何か。何を原則として選択を行うのか」と問うことです。これらを切り分けて、意志を持って考え抜かなければならないと言っています。近未来に蓋然性が高く起こりそうな「混乱」を予め考え抜くことで、初めて先手の対応が可能となる備えが出来ます。不安にあふれる社会に充満しがちな「空気」に流されるのではなく、また「単純化した二者択一」に逃げるのではなく、可塑的な未来の選択肢を創り出し能動的に選択していくことで、初めてよりよい未来に手が届きます。この二つの問いを設定し、追及していくことがリーダーの責務と言っています。

12 苅谷剛彦・・・「自粛の氾濫」は社会に何を残すか

 苅谷氏はオックスフォード大学およびニッサン現代日本研究所教授です。

 苅谷氏は自宅の英国で、日本の「自粛の氾濫」が奇妙に映った、自粛を要請するとか緩和するとか、解除するとかの表現に違和感を覚えたと言っています。この論考では、こうした日本において、自粛の要請という命令服従という関係と異なる位相で行われ、命令と同じ効果を発揮してきた、自粛を要請する側と、それに応答する側との関係について、それを可能にする社会に埋め込まれた「知識」を取り出し、その特徴を論じています。

遠まわしの「お断り」であるところの「遠慮」という言葉があります。「遠慮」という場合には「遠慮を求める側」という相手が存在します。磁化し、自粛の場合、それを要請するのは政府や公共団体で厳密にいえば相手は存在しません。それにもかかわらず、自粛が功を奏したのは、共同体で共有された善悪の基準―道徳的な判断、共同体への配慮に基づいたのだと言っています。昭和天皇法後、阪神淡路大震災東日本大震災後に氾濫した「自粛」の経験、それに基づいて積み上げた知識によって、自粛という言葉が当回しの命令と同じ作用を及ぼしたというのです。国民製茶民意とは異なるように言っていますが、他人を気遣う日本人の心とともに他人と同調するという国民性も影響があるように思います。

14 宮沢孝幸・・・経済活動は「1/100作戦」で守れる。

 宮沢氏は、京都大学ウイルス・再生医科学研究所准教授です。

 宮沢氏は、公衆衛生学的見地から、経済破綻による自殺者の増加を危惧していると発言されています。政府の新型コロナウイルスクラスター対策班は、当初はウイルス感染者を発見次第、濃厚接触者をRT-PCR検査し、感染を抑え込むという作戦を取ったものの、感染が拡大しクラスター対策が困難になると、政府は8割おじさんこと西浦教授の意見に呼応し緊急事態宣言を発出しました。この結果経済に与えた打撃は深刻です。宮沢氏は、西浦氏の試算は人を画一的な「物」と見ているが、緊急事態宣言などを発出しなくとも、人は、思考によって規律ある行動をとることが出来ると言うのです。

宮沢氏は、接触機会削減ではなく、感染機会削減が重要だと言っています。先ず重要なのは感染に必要なウイルス量ですが、発症後1週間も経てばウイルス量が1/100になっており、他人にウイルスが伝達されないことが判明しています。感染者から出てくるウイルスが通常の100分の1になっていれば感染を防げるということです。従って1/100作戦によれば感染予防ができるというわけです。「自分が感染しない」「自分が他人に感染させない」という観点から、マスクを着用する、手洗いを刊行する、食事中に会話をしないということだけでも、ウイルス量を1/100にできるというのです。

15 瀬名英明・・・私たちは「人間らしさ」を問われている

 瀬名氏は、「パラサイト・イブ」で日本ホラー大賞を受賞した作家です。

瀬名氏は、「いま、私たちは『どうしたら人間らしく生きられるだろうか』を考えるべき時代を迎えている」と言います。危機下におけるコミュニケーションには「真理に至る対話」「合意に至る対話」「終わらない対話」の3つがあります。全2社については情報のグローバル化もあり共通認識は得られますが、「終わらない対話」に関しては大きく揺れています。例えば、個人主義の考えと公衆衛生の考えは相いれません。自分の家族が感染しないようにすることと、人類全体の健康を考えること、どちらの方が「人間らしい」のでしょうか。これについて瀬名氏は、どちらか一つを選ぶのではなく、メリハリをつけながら、その時々で「いま求められる人間らしさは何か」をし宇江すべきではないかと言っています。私たち人間は一律でない判断ができるはずで、それは本当の意味での想像力、更に洞察力、その場での判断力、それを行動に移す実行力、最終的にはどういう社会貢献に結びつくのか自分の信念と結び付ける力だというのです。

ウイズコロナの時代・変容する社会を考えるうえで役に立つ本です。

 

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