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休日の本棚 いつも「時間がない」あなたに

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おはようございます。

昨日の新規感染者は全国で1033人で、東京258人、大阪166人、愛知90人、福岡87人となっています。東京では感染経路不明者が159人で全体の6割強で、およそ4分の1の58人が家庭内感染です。若い世代が職場で感染し、家庭内に持ち込むケースが多いとみられています。大阪でも約6割が感染経路不明で、全国で最多の5人が死亡(全国で15人)、重症者も新たに7人確認されています。大阪で重症者、死者の数が全国一という状況は続いています。このことに関して、吉村知事は「大阪の場合、東京より高齢者と若い人の生活圏が近いところにあるから」という発言をしていました。そういうことが分かっているなら、「夜の街」から市中感染が広がるスピードも東京よりも早くなることは分かったはずです。「夜の街ミナミ」を集中砲火するだけでなく、そこから職場内、家庭内、高齢者施設などへの市中感染が広がらないような対策をとるべきではなかったかと思います。ミナミに対する営業時間短縮要請は20日で解除されましたが、かえって「ミナミは怖い」というイメージだけを植え付け客足が戻らない状況にあります。吉村知事は協力した店舗への補償を口にしていますが、十分な補償とは言い切れず、今後倒産、休廃業する店舗も出てきそうです。

今日は、センディル・ムッライナタン&エルダー・シャフィール著「いつも『時間がない』あなたに 欠乏の行動経済学」(ハヤカワNF文庫)を紹介します。

著者のセンディルはハーバード大学経済学教授、エルダーはプリンストン大学心理学教授で、2人は行動経済学の成果によって貧困をはじめ多くの社会問題を解決することを目指した非営利組織(アイデアズ42)の共同創立者でもあります。本書は行動経済学に関する多くの実験や研究成果を応用し、行動経済学の知見を一般の人にもわかりやすく解説してくれています。

行動経済学については以前にも説明しましたが、従来の経済学のように「経済主体は合理的な経済人」という仮定を置かず、「実際に人間がどのように行動するのか」を探求し、そこから経済的意味のある面を見出そうとしている経済学の一分野です。人間は従前の経済学が仮定していたような合理的意思決定をする存在ではなく、時に不合理な意思決定をする存在なのだということです。当然と言えば当然のことですが、人間の意思決定はモデル化できるものではないのです。これは先週書いた「日米開戦の意思決定」がなされた状況でも指摘しています。

本書は、「欠乏」というアプローチで行動経済学に取り組んでいます。「忙しすぎていつも時間に追われ、却って物事を思うように片付けられない」「それなりの収入があるのに借金を重ねてしまう」「ダイエットしようと度々取り組むが、長続きしない」これらの原因は必ずしもその人に資質にあるのではなく、ある共通の要因、金銭や時間などの「欠乏」が人の処理能力や判断力に大きく影響を与えていたというのです。

普通私たちは時間の管理と金銭の管理とは別問題と考えます。下手な時間管理は気まずい思いや業績不振に繋がり、下手な金銭管理は最悪破産や立ち退きにつながります。多忙なビジネスマンが締切に遅れることと低賃金の労働者が借金の支払い期限に遅れることは環境が違う、教育レベルが違う、文化的背景が違うなどの違いがあるにもかかわらず、最終的な行動は極めて似ています。その共通点とは、どちらも「欠乏」の影響を受けているということだというのです。ここでいう「欠乏」とは、「自分が持っているものが必要と感じるものより少ないこと」です。時間に追われている人は自分がすべてやるには時間が足りないと思っていますし、資金繰りが苦しいと感じている人は自分が払わなければならない請求書をすべて払うにはお金が足りないと思っています。こうした「欠乏」が共通の行動を起こさせるというわけです。

そして、欠乏に共通の論理を明らかにすることは、大きな意味があるというのです。それは個人的な問題にとどまらず、失業問題、世界の貧困問題、社会的孤立問題、肥満・健康問題なども欠乏によって説明できるというのです。例えば、失業問題は金銭的欠乏、世界の貧困問題も一種の金銭的欠乏、社会的孤立問題は人づきあい(社会的絆)の欠乏です。また、肥満問題もダイエットをやり通すには食べる量をいつもより減らす必要があり、カロリーの欠乏です。

自分にとって必要なものが足りない、すなわち「欠乏」を感じたとき、「人の心に何が起きるのか」です。まずは、その不足・欠乏をどうにかしようとして集中することになります。本書では、欠乏が集中力を高めることを「集中ボーナス」と呼んでいます。例えば、予め締切が決まっている仕事を引き受けたとき質の高い成果を出すにはどうすればよいのでしょうか? 本書での答えは「締切ギリギリまでやらないこと」です。締切が迫ってきて時間が欠乏すると、自然と人は仕事に集中できる結果、短期間で仕事に片が付くというわけです。しかし、本当にやりぬけるかは本人の能力次第ということもありますし、却って時間に追い立てられ中途半端な仕事しかできないということにもなりかねません。確かにダラダラ仕事をするよりも集中的に仕事をする方が仕事の質も上がりますが、「締切ギリギリ」といってもある程度集中的に仕事をこなせる時間が必要です。その時間は仕事の内容によって異なりますが、ある程度余裕を持った「締切ギリギリ」に仕事をスタートすべきでしょう。

また、この「集中ボーナス」は、時間だけでなくモノやお金などほかの資源が欠乏した時にも同じような効果を発揮します。例えば、カツカツの生活費で家計をやりくりしなければならないなら、安い食材や飲食店の情報を集め、何にどれくらい出費するか、何を節約するかなど、細かいトレードオフを意識しながら意思決定するでしょう。逆に有り余るほどの資金があれば、金銭的なトレードオフを考えることはほとんどなくなり、例えば新しい洋服を選ぶ際に色やデザインは気になっても値段は気にならないということになります。本人にとって重要な資源が欠乏して集中ボーナスが生じると合理的経済人に近づき、逆に余裕があって欠乏状態にない時には合理的経済人から遠ざかり不合理な意思決定をするようになると指摘されていますが、納得できる面白い見方だと思います。

欠乏によって「集中ボーナス」というプラスの効果とともに、「トンネリング」と呼ばれる認知作用がマイナスの効果をもたらします。これは、トンネルの内側のものは鮮明に見えますが、トンネルの外側のものは何も見えなくなるという「トンネル視」として知られる視野狭窄になぞられ、欠乏のせいで様々な重要なことが意思決定の際にトンネルの外に押し出されてしまうということです。

本書では、集中ボーナスとトンネリングはコインの表裏の関係にあると言い、「ひとつのことに集中するということは、ほかのことはほったらかしにされてしまう」ことは避けられず、またマイナスの効果の方が圧倒的に強いと警鐘を鳴らしています。トンネリングによって本来重要な問題が無視されてしまうことの弊害は、集中ボーナスによるプラスを帳消しにしてなお余りあるほどと言うのです。本書では集中ボーナスについてあげられるよりも多くの事例がトンネリングにあげられています。

貧困に苦しむ低所得者層は、お金が欠乏している日々の家計のやりくりに集中せざるを得ないのですが、常に頭がお金の問題に支配されているので、それ以外の問題に対する処理能力が大きく低下することになります。特に、貯蓄や教育といった貧困から抜け出すために必要とされる長期の事柄が、トンネリングによってシャットアウトされてしまうのです。その結果、欠乏が将来のさらなる欠乏を招くことになってしまいます。「トンネルを抜けるとそこは次のトンネルの入り口だった」という状況を抜け出さない限り、貧困・欠乏の罠からは逃れられないのです。

「トンネリングが諸悪の根源」なので、そもそも欠乏をできるだけ起こしにくくするために、本書で「スラック」と呼ぶ「欠乏状態に陥らないためのゆとりや遊び」を効果的に与える政策が必要になるといっています。例えば、低所得者への補助金生活保護費などを支給する際に、一度にまとめてたくさん払うのではなく、できるだけ支給のタイミングを分散して回数を増やすという方法が考えられます。政府だけでなく、企業や個人でも同じようにスラックを持たせる仕組みを作ることがパフォーマンスを引き上げることが出来るようになるのではないかというのです。ワーク・ライフ・バランス改善によって長時間労働の是正を行った企業が「労働時間が減って業績(生産性)が改善した」というケースも、時間に追われトンネリングを起こしていた個人やチームが欠乏から解放されて一気に生産性が上がったのかもしれません。

「時間がない」と追い立てられている人にとって、日常生活の中にスラックを潜り込ませトンネリングを避けることが出来るかどうかが重要な要素となってきます。ここでのスラックは「そもそも何にも割り振っていない時間」のことですが、それはダラダラして無駄に過ごしてしまうようにも見えます。しかし、ムダなものではなく、スラックがあればどちらを優先しようかといった選択の負担を軽減してくれますし、失敗してやり直す余地も残してくれます。スラックがあれば余裕を持って対処できることになります。

本書では、最後に、「締切近くに欠乏経験が生じる原因は、たいていの場合、時間がたっぷりあった期間の時間管理のやり方にある」と言い、「豊かな時にどう行動したかが、来るべくしてきた欠乏の一因となる」と言っています。人は締切がずっと先の時にダラダラと過ごし、お金が有り余っているときに貯金をせずに無駄に浪費するというわけです。

2008年のリーマンショックに伴う金融危機を考えれば、その原因の一つは認知の盲点にありました。好景気の間、住宅価格は突然の急落はありえない、心配するに値しないなどの思い込みが多くの選択に影響しました。高レバレッジ取引は賢明だし融資比率の高い住宅ローンは安全だと思われ、下がらないとの憶測に基づく投資判断すべてが次々に金融界の反応を引き起こし、世界の金融システムが崩壊しかけました。この場合も、金融危機による欠乏は、その前の豊かな数年間に特徴的だった怠慢な行動に端を発しています。景気後退の原因は好景気に沸いているときの人々の行動にあり、欠乏は多くの重大な問題で主役を演じていますが、その舞台を整えたのは豊かさなのです。

「時間がない」と追われている時には「集中ボーナス」で処理能力を上げて取り組むことが重要ですが、その際に「トンネリング」を避けるために上手く「スラック」を利用することが重要です。

本書で、「時間がない」と追われている人が、嵌っている欠乏の罠から抜け出すヒントが見つかるかもしれません。

 

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