中小企業が日本を救うbusiness-doctor-28

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休日の本棚 戦略論の名著

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おはようございます。

昨日の新規感染者は全国で880人、そのうち東京226人、大阪106人、神奈川75人、福岡66人、愛知50人となっています。また長野19人、福井16人と過去最多となっています。大都市圏は落ち着いてきているものの、地方でクラスターが発生し感染者数が過去最多となるような事態になっていて予断を許しません。死者数は全国で20人でそのうち大阪9人と大阪での死者数の多さが目立ちます。

さて安倍総理が辞意を表明しました。7年8カ月にわたるアベノミクスの功罪については、今後専門家を始め多くの方が言われると思いますので書きません。長い間お疲れさまでした。昨日の会見は原稿が間に合わなかったために総理自身の言葉で喋られていて非常にわかりやすく誠意が感じられ、これまでの総理の会見で一番良いものになっていました。リーダーシップで書いていますが、改めてリーダー-に必要なのは、誠意を持った分かりやすいメッセージを伝えることだと実感しました。安倍総理念願の北方領土問題・拉致問題憲法改正が道半ばでリタイアする無念さがにじみ出ていました。

次の総理は誰になるのか、既に一夜明け「ポスト安倍」が過熱しています。

日本の政治システムの硬直さなどから、誰が総理になっても変わらないと思いますが、誠実で、国民のため自利を捨てて利他の精神で、熱意を持ってリーダーシップを発揮できる総理が生まれることを期待します。また硬直的な日本の政治システムをぶち壊すくらいの気概を持って政治に邁進してくれることを期待します。

そして、国家や組織運営の場で求められるのは「戦略」です。

今日は野中郁次郎編著「戦略論の名著」(中公新書)を紹介します。

野中氏は「戦略とは何かを分析することではない、本質を洞察しそれを実践すること、認識と実践を組織的に総合することだ」と言っています。古代から現代にいたる戦史を中心とした歴史書古今東西の戦略思想家たちの英知が注がれた戦略思想・戦略理論の書が多くあります。本書は、こうした社会の実践の場で有益かつ有効である書物の中から現代を生きる日本人にとって必読と思われる書物を12冊厳選し、各分野の専門家が紹介してくれています。この本で、それぞれの名著のエッセンスに触れ、興味がある書物をじっくりと読むというのがよいように思います。

1 三大古典と地政学の先駆

 三大古典は言わずと知れた孫武の「孫子」、マキャヴェリの「君主論」、クラウゼヴィッツの「戦争論」で、地政学の先駆と言われるのはマハンの「海上権力史論」です。三大古典は、戦略論にとどまらず、思想、哲学、政治学の古典として時代を超えて多くの人に読み継がれていっる名著です。

  1. 孫武孫子」・・・「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するのは善の善なる者なり」この言葉が示すように安易に戦争を起こすことや長期戦による国力消耗を戒めています。つまり、最小の犠牲で最大の成果を獲得することに主眼が置かれ、戦争を戦闘という一事象として捉えるのではなく、国家運営と戦争との関係を俯瞰する政略・戦略を重視しています。費用対効果を常に念頭に置いていると言って過言ではありません。また、秩序・体制を重視する孔子に対し、孫子老子のに代表されるタオリズム(道教)の影響を受けているとの指摘がなされています。それは流動的自然であり、より混沌的でダイナミックな思想です。そして孫子の思想には現実主義と合理主義が貫かれています。「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」と言うように客観的な現実の観察を第一とし、「利にあらざれば動かず」と合理主義(費用対効果)がうたわれています。その内容は現代の社会においても種々の示唆的な問題を投げかけるだけの普遍性を備えたものになっています。
  2. マキャベリ君主論」・・・歴史上の君主及び君主国を分析し、君主とはいかにあるべきか、君主の持つべき特性と権力について説いています。この本はリーダーシップの実践知の解説書といえ、リーダーシップの重要性を量よりも質、レトリックや演説の能力に見出しているとことも面白いです。
  3. クラウゼヴィッツ戦争論」・・・「戦争にいかに勝利すべきか」というHowよりも「戦争とは何か」というWhatを徹底的に追及した本です。「戦争論」は理念的・分類的な手法を用い徹底的に検討するという論理的な記述になっています。①「絶対戦争」と「現実の戦争」の対比による戦争の分析 ②戦争によって政治的目的が達成されるという民・軍・政の三位一体論 ③「天才」や「摩擦」の概念を取り入れ、精神的な力や心理の重要性を力説しているなどの特徴が挙げられます。
  4. マハン「海上権力史論」・・・マハンがいうシーパワーとは海軍力だけでなく海洋を経済的に活用する能力までも含む包括的なものです。陸上戦の既存の知識を改変し、海上戦闘についていかに制海権を得るかという問題を考察し集中や大胆さが開錠作戦における原則であると指摘しています。まお、マハンは幕末に来日し、徳川慶喜を軍艦に乗船させたり、日露戦争で日本を勝利に導いた秋山真之が教えを乞うたことでも有名です。

2 現実的・具体的な戦略論の提唱

 ここでは毛沢東の「遊撃戦論」、石原莞爾の「戦争史大観」、リデルハートの「戦略論」が紹介されています。毛沢東は国民党との内戦・日中戦争石原莞爾満州事変、リデルハートは第一次・第二次世界大戦と戦争経験を持ち、彼らの戦争論はそうした戦争経験が血肉化したもので現実的な提言を行っています。

  1. 毛沢東「遊撃戦論」・・・この本は、日中戦争で目前の敵「強い日本」に対し「弱い中国」が最終的にいかに勝つかを構想したものです。遊撃戦は、最小限の兵力で勝利を目指すもので「孫子」以来の戦法ですが、強弱の相互転換を起こすために、根拠地を創る、兵を育成する教育体制を整えるなど様々な形で戦略的ゲリラを体系化し、それを実践に移すというものです。毛沢東は「実践論」「矛盾論」のような哲学的な書物を兵士の教育に使い、シヴィリアンとして軍隊をリードしました。
  2. 石原莞爾「戦争史大観」・・・石原は戦争史の科学的研究に基づく独創的な戦争進化論から、世界最終戦論に到達します。これは戦争肯定論ですが、当時の状況としてはやむを得なかったものです。世界最終戦しか世界を平和に導く道はないとの考えです。道義によって闘争心をなくすことはできないから世界的決戦戦争で世界を統一するしかないという、一種の終末論的な考え方です。一方で、石原は、勝利に沸き美談として語り継がれる日露戦争について冷静な分析の必要性を説いています。
  3. リデルハート「戦略論」・・・リデルハートは2度の世界戦争を経験し、戦争の方式に対する批判を独自の戦略理論へと発展させます。戦争に至らない、戦争を拡大させないために何を為すべきかです。最終的には核戦争まで含めて、戦争目的を達成するうえで、敵国との直接前面衝突を避け、敵国を間接的に無力・弱体化させて政治目的を達成し、味方の人的・物的損害を最小化するというミニマリズムの方法論です。最終的には孫子の「戦わずして勝つ」という戦略と同じ結論に到達します。

3 史実研究に基礎を置く現代戦略論

 20世紀後半はベルリンの壁の崩壊(1989年)まで冷戦が続き、冷戦終結後が宗教・民族対立の激化、2001年の同時多発テロ事件、テロとの戦い北朝鮮問題、米中対立と戦争や戦争状態の形態も変化しています。ここで挙げられる5冊の著者は現在も活躍中です。

  1. ルトワック「戦略」・・・ルトワックの戦略論は、下から技術、選出、作戦、戦域戦略、大戦略と言う5うのレベルからなる「垂直面」と、各レベルに置いて敵と味方の間で繰り広げられる作用と反作用と言う「水平面」の言う2つの面から構成されています。「戦略の領域」にはすべてを反対方向に転ずる逆説的論理が満ちているという認識に立ち、逆説的論理の作用を戦略の一般論に関連付けながら、あらゆる形態の戦争や平時における国家間の敵対関係を左右する普遍的な論理を明らかにしようとしています。戦略を通じて目的を達成するためにルトワックが繰り返し強調するのは、垂直面と水平面、5つのレベルを理解し、すべての面とレベルに受け入れられる調和の方法を見つけ出すということですが、求められる戦略の調和は複雑で難しいものになっています。
  2. クレフェルト「戦争の変遷」・・・これからの戦争はクラウゼヴィッツの主張した三位一体という形態はとらず、テロリスト、ゲリラ、病ん族、強盗と言った国会外の集団によって行われることになるだろうと予測しています。非正規的な戦争をしっかりと視野に入れ、無秩序なブロック紛争に対する理論を打ち立てています。現代の世界観を基に戦争論を再構築し、そこには、生存のための知恵・知識・哲学が含まれています。批判・異論もありますが、「なぜ戦うのか」という問いについて「人間が食べたり寝たりするのと同じくらいに、戦争はそれ自体が目的であり楽しいものである。そして、唯一性行為が戦争に近い。戦争は真剣さを最高の形に表現するものであり遊びである」といいます。平和ボケしている日本人には分からないことですが、人間の中にあるどろどろとした心理の闇の部分や邪悪な側面に切り込んでいると言ってよいでしょう。
  3. グレイ「現代の戦略」・・・「戦略」とは時代と場所を超えて普遍的なものだ理、参考になるのがクラウゼヴィッツであるというのがグレイの姿勢です。本書はクラウゼヴィッツ戦争論」の注釈書と言ってよい内容です。「新しい戦争」と言う概念が生まれても、あくまでも戦争は政治的な行為であり、もしそれが政治的行為でなければテロなども単なる破壊的な犯罪行為に過ぎなくなると言います。クレフェルトの考えとは対極に立つように思います。
  4. ノックス&マーレー「軍事革命とRMAの戦略史」・・・ここで貫かれているのは「終わったばかりの戦場の実態と戦功を詳細に分析し、組織的な行動原理を真摯に学んだ国が、必ず次の戦争に勝利している。したがって、科学的分析的な戦争のテクノロジーは重要であるが、それは1つの要素に過ぎない」というものです。20世紀までは少数の偉大な将軍の構想力に依存することで戦うことが出来たが、20世紀以降は組織と軍事諸制度が平和時に未来の戦争のコンセプトとイマジネーションを生み出せるか否かにかかっているというわけです。
  5. ドールマン「アストロポリティーク」・・・マハンとマッキンダーといった古典地政学を継承しながら、宇宙時代においてその有効性を明らかにしようとしています。その際、国家が主要なアクターとして競争が続くこと、米国が今後も圧倒的なパワーを保持し続けること、LEO(人工衛星の低高度軌道)の軍事的コントロールが可能であることが前提とされています。

以上のように、本書のメインは戦争論ですが、平和を望むのであれば過去の戦争を研究し、そこから反面教師的に学ぶ必要があります。「戦争は良くない」「平和を希求すれば平和になる」とは誰もが思っていることですが、世界中で戦争が起こっていてなくなることはありません。野中氏が言われるように、平和を実現したいと望むなら、戦争の中に現れる人間の弱さ、醜さ、浅ましさ、愚かさなどの感情を平常心をもってリアリティとして受け入れなければなりません。

過去の失敗から失敗の本質を見抜きそれを現代に生かしていくことが重要です。例えば新型コロナ対策の失敗について第二次世界大戦のミッドウェーの失敗になぞらえることがあります。過去の失敗から何も学んでいないということです。

過去の失敗を学ぶことで現代を生き抜くこともできます。それは戦争の戦略だけではありません。ここにあげられている戦略論は経営にも役立つものです。野中氏を始め本書の著者の多くは経営・経営戦略の専門家です。戦争や軍事に関する様々な知識やそれに基づいた哲学的な思想・考え方は経営戦略にとっても意味あるものとなると思います。

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