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休日の本棚 「ゲノム編集」を読む

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おはようございます。

八坂神社の本殿が国宝に指定されるようです。これまで国宝指定されていなかったことが驚きです。今の本殿は江戸時代1654年に4代将軍徳川家綱によって建てられました。八坂神社は疫病退散を祈願する祇園信仰の総本社、コロナ禍の今、八坂神社の本殿が国宝指定されることは喜ばしいことです。

さて、昨日の新規感染者は全国で642人で、そのうち東京184人、神奈川85人、埼玉52人、千葉43人、大阪53人、沖縄30人、北海道31人などとなっています。相変わらず下どまりして一進一退の状況が続いています。

WHO(世界保健機構)は、新型コロナウイルスの治療薬として利用されトランプ大統領も服用していたレムデシビルを含む4薬について、入院中の患者への効果が「ほとんどないか、全くない」との研究結果を発表しました。

一方、日本では、富士フィルムが製造するアビガンについて、臨床試験で症状を早期に改善する効果があることを確認したとして厚生労働省に承認申請を行いました。承認されれば日本で開発された初めての新型コロナ治療薬になります。

また、東北大学島津製作所は、息から検体を採取して新型コロナウイルスの感染を調べる検査システムを開発したと発表しました。痛みを伴わない画期的な検査方法で、早い実用化が期待されます。

このように日本発の新型コロナウイルスの検査方法や治療薬が開発され、早期に新型コロナが収束に向かってくれることを期待します。

話は変わりますが、昨日、神戸市立神戸アイセンター病院は、さまざまの細胞に分化できるips細胞から作った「視細胞」の組織を、失明の恐れがある網膜色素変性の患者の移植する手術を行いました。網膜色素変性症は、光を感じる網膜の視細胞が正常に機能しなかったりなくなったり、暗いところが見えにくくなったり、視野が狭まったりする病気で今のところ治療法が確立していないと言います。今回は安全性の確認が主な目的で、網膜組織が拒絶反応を起こさないか、腫瘍ができないかを観察するようで、患者の視野が広がり物の見え方が変われば、将来有効な治療法と期待されています。ips細胞は、山中伸弥教授が開発し、山中教授が2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞されたことは有名は話です。

今年のノーベル化学賞には生物の遺伝情報を自在に書き換えることが出来る「ゲノム編集」に新たな手法を開発したドイツのマックス・プランク感染生物学研究所所長エマニュエル・シャルパティエとカリフォルニア大学バークレー校教授ジェニファー・ダウドナの2人の女性研究者が選ばれました。

ゲノム編集については、多くの本がありますが、今日は、NHK「ゲノム編集取材班」編「ゲノム編集の衝撃」(NHK出版)と小林雅一著「ゲノム編集とは何か」(講談社現代新書の2冊を紹介します。ゲノム編集技術である「クリスパー・キャス9」の内容や手法については、興味がある方はこれらの本を読んでください。特に「ゲノム編集とは何か」は、ゲノム編集の技術や社会に与える影響、分子生物学や遺伝学など21世紀を支える生命科学の基礎知識をわかりやすく説明してくれています。

「ゲノム編集の衝撃」では、山中教授が「ゲノム編集とips細胞ー人類の未来のために」という序文を書いています。ゲノム編集は「この25年の中でおよらく最も画期的な生命科学技術」ですが、「どんな科学技術でも、良い面と善くない面があります。もろ刃の剣とでも言いましょうか。このゲノム編集というすばらしい技術の良い面だけを伸ばしたら、人類は益々幸福になることが出来ると考えられます。しかし、良くない面を伸ばしてしまったら、後悔することにもなりかねません」と述べられています。

今回の発表の中で、スウェーデン王位科学アカデミーは、この技術は人類に大きな恩恵をもたらしうるものの、胎児の遺伝情報の書き換えにも用いられることから、「人類は新たな倫理的な課題に直面することになる」とも指摘しました。

ノーベル化学賞はこれまで8人の日本人が受賞していますが、今回日本人の受賞がなかったことは残念です。しかし、今回受賞となったゲノム編集「クリスパー・キャス9」という技法には、日本人が大きくかかわっています。1987年に、大阪大学微生物病理研究所に所属する石野良純教授らのグループが、大腸菌のDNA内にこれまで見たことのない奇妙な塩基配列を発見し論文を発表しました。そこでは「その生物学的な重要性は不明である」とされていましたが、この発見が基になって、クリスパー・キャス9というゲノム編集技術が開発されたのです。

なお、このクリスパー・キャス9については、巨額の富を生み出すことから、米国で大きな特許問題にも発展しています。今回の両氏のノーベル賞受賞が特許論争にどのような影響を与えるかも注目です。

シャルパンティエとダウドナの「バークレー・チーム」は2012年8月に誰よりも早くクリスパー・キャス9の論文を発表し、論文に先駆けて5月にアメリカ特許商標局に特許出願をしました。ところが、特許を取得したのはチャン博士率いる「米ブロード研究所チーム」でした。ブロード研究所チームがクリスパー・キャス9が哺乳類でも働くことを発表したのは2013年3月、特許出願したのは2012年12月で、いずれも「バークレー・チーム」に遅れています。ブロード研究所チームは、追加手数料を支払うことで優先的に審査が出来る「ファーストトラック」という制度を利用し、「バークレー・チーム」より先に審査を受け特許を取得してしまったのです。当然、「バークレー・チーム」は異議申し立てを行い、特許取得を巡る競争は、今なお続いています。チャンらは「先にこの技術を発見したのは自分たちだ」と実験ノートを裁判に提出し、バークレー・チームはそれに反論するなどして、論争は激化し、2016年に特許の再審査が認められました。そして、現在も審査が続いている状態です。この特許を巡る争いを占ううえで重要なのが、誰がノーベル化学賞を受賞するかということでした。ノーベル賞の選考に当たり重視されるのは「誰のオリジナルの研究化」ということです。今回、シャンパンティエとダウドナが受賞したことで、特許論争も「バークレー・チームが一歩リードしたように思われますが、アメリカ特許商標庁がどのような決断を下すのかが注目されるところです。

ゲノム編集は極めて簡単です。細胞にクリスパー・キャス9の液を振りかけて細胞を37度に保たれているインキュベーター(細胞培養装置)に48~72時間入れるだけで細胞の中の狙った遺伝子が切れるのです。高校生でも少し練習すればできると言われています。しかも、クリスパー・キャス9は、ネット販売Amazonのサイトで65ドルで購入できるのです(購入できるのは大学などの研究機関・研究者だけですが)。ネット通販だけでなく、日本にも代理店があって容易に購入できるようです。

ゲノム編集・クリスパー・キャス9を取り入れつつあるのは漁業や農業の分野です。雨りかでゃ「角の生えてこない乳牛」「旱魃に耐えられるトウモロコシ」「従来よりも大きな収穫量が期待される小麦」が作られ、日本では「腐りにくいトマト」や「油美生産効率を1.5倍に増やした藻」などが開発されています。

特にゲノム編集、クリスパー・キャス9に期待が寄せられているのは医療の分野です。

遺伝子変異をピンポイントで治療することが期待され、京都大学ips細胞研究所では筋ジストロフィー患者の筋肉細胞を創り出すことに成功し、京都大学ウイルス研究所や米国テンプル大学ではHIVを除去する研究に着手しています。今後も、癌、パーキンソン病ダウン症などへの取り組みが期待されています。また不老不死、人間の寿命を延ばすことも期待されています。これらは人間の「体細胞」に対するゲノム編集です。

一方で、精子卵子、更には受精卵に対するゲノム編集も盛んに研究されています。何らかの遺伝性疾患を有する家系から生まれてくる子供を、その病気から救うために、ゲノム編集によって卵子精子など生殖細胞を治療するというのです。さらに進めば、デザイナー・ベイビーを創り出すことも可能になるというのです。デザイナー・ベイビーとは、受精卵の段階で遺伝子を操作して、親の好みの特性を持った子供に作り替えるということです。背を高くしたり、美男美女にしたり、瞳の色を変えたり、優秀な知能を持つようにしたり・・・SFのような時代が訪れるかもしれません。果たしてこのようなことが許されてよいのでしょうか。

しかし、医療とデザイナー・ベイビーを分ける境界線は難しいのです。例えば「受精卵」や「ヒト胚」の段階で遺伝子検査を実施し、ここでパーキンソン病ハンチントン病などの深刻な遺伝性疾患が見つかった場合に、これをクリスパー・キャス9で正常な遺伝子に戻すというのは新医療として許されるでしょう。また、子供が生まれてくる前に、病気の芽を摘んでおくというのも新たな予防医学と言えそうです。では、大人になって過度の肥満になるような遺伝子があって、受精卵やヒト胚段階での遺伝子検査(出生前診断)で判明した場合にゲノム編集して大人になってからの健康リスクを減らすことは、果たして医療なのでしょうか?また、生まれてくる子供に何らかの知的障害を引き起こす遺伝子変異が見つかった場合に、それをクリスパー・キャス9で修正したいという当然に怒りうるとしても、こうした議論は、かつて第二次世界大戦中のドイツナチス優生学に結びつく危うい面を持ち合わせています。

人間のルックスにしても然りです。例えば「禿げ」は病気でしょうか。禿げに遺伝子が関係していることは間違いありませんが、それをゲノム編集で修正することは医療でしょうか?

先ほども書きましたが、このクリスパー・キャス9は安価で簡単な手順で行うことが出来ます。こうした技術がよからぬことを考える人物や国で利用されれば、大変な事態を引き起こします。バイオハッカーが人間などの複雑な遺伝システムを操作するということも全くあり得ない話ではありません。

アメリカの諜報コミュニティは、国家ぐるみで開発されアメリカに大きな脅威を与える恐れのある「第六の大量破壊兵器」として「遺伝子編集技術」を挙げています。

原爆の父と称されるオッペンハイマーは「科学者は技術的にに甘美なものを見つけるとやってみたくなる。それをどう使うかなどと言うのはあとの議論だと感がるものです。原爆はまさにそうだった」と言っています。ゲノム編集・クリスパー・キャス9にも同じことが言えそうです。

技術にはよい技術と悪い技術というものは本質的にはありません。重要なのはそれをどのような目的で使うのかということです。クリスパー・キャス9について言えば、その使い方はわれわれの想像力を超えてとてつもないところに及び、どのような可能性、悪い可能性も追求できる余地があります。人間がこの技術を悪いことではなく良いことに使うという意思を、個人としても社会・国家としても持つ必要があります。世界的に見ると、この技術を最大限利用・活用しようとする国もあれば、この危険性に目を向けて利用・活用を制限しようとする国もあります。なかなか国家間の合意が出来ないところですが、革新的な技術はいったん世界に解き放たれると二度と封じ込めることは困難です。過去の核技術では優位に立とうとする競争のために膨大な資金や労力が費やされ人類を多大な危険に晒しています。幸い、クリスパー・キャス9では生命の未来をコントロールする力の利用法についてまだ十分に議論できる余裕があります。しかし遅きに失すれば核開発と同じように人間の手から手綱が離れてしまいます。二度と同じ過ちを繰り返すことがないように、ゲノム編集を取り巻く法制度や規制の仕組みを世界で考えなければなりません。

ゲノム編集やips細胞といった生命科学については自分に関係ないとか興味がないとかいうレベルではなくなってきているように思います。ゲノム編集で医療目的で遺伝子改変が行われるとしても、それを利用できるのは裕福な人たちだけです。お金のある人ほど有利に長寿と健康を享受でき、社会経済的格差がさらに遺伝子格差を生むことになります。そうした遺伝子格差が優生学に結びつかないとは限りません。

近い将来、ゲノム編集が、国家や社会、わたしたちの生活をも大きく変えてしまうことになります。一度ゲノム編集の良い面と悪い面を考えるべきではないかと思います。

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