休日の本棚 新型コロナ 7つの謎
おはようございます。
昨日の新規感染者は全国で2685人となり過去最多を更新しました、その内訳は東京561人、神奈川215人、埼玉118人、千葉113人、愛知217人、大阪463人、兵庫145人、沖縄78人、北海道252人などとなり、千葉、三重(29人)、大分(18人)で過去最多となっています。感染拡大は、これまでのように首都圏、関西圏、中部圏、北海道だけでなく、全国に広がっています。相変わらず、東京都のGoToトラベル除外に関し、「国の政策だから国が判断すべき」と主張する小池都知事と「知事が判断」と主張する政府との溝が埋まらず、感染拡大を進行させているように思います。政府分科会の尾身会長は「問題の核心は一般の医療との両立が難しくなっているということ。もうこれは人々の個人の努力だけに頼るステージはもう過ぎた」と発言し、また、ある医師は「GoTo事業が感染拡大に影響したことは明らか。政府に危機感がなさすぎる。医療がひっ迫しつつある中でGoToの推進は明らかに誤り」と言っています。
今必要なのは、国民の行動変容のお願いではなく、国や自治体がしっかりと感染防止対策をとるとともに医療体制を崩壊させないように整備することです。現在の感染スピードを抑え込むには国民の行動変容だけではもはやどうすることもできません。国や自治体の早急な対策が必要です。今の状況でダラダラとしていたのでは「勝負の3週間」などアッという間に過ぎてしまいます。しっかりとしたリーダーシップを発揮してもらいたいものです。
さて、新型コロナウイルスの感染拡大が広がる中、今一度「新型コロナとは何か」を学んでおくことも必要ではないかと思います。「新型コロナを甘く見ないでください」という専門家もいれば、「単なる風邪、恐れずに足らず」という楽観論もあります。
そこで、今日は最近出版された宮坂昌之著「新型コロナ 7つの謎」(講談社ブルーバックス)を紹介します。
著者の宮坂氏は大阪大学免疫学フロンティア研究センタ招聘教授でウイルス、免疫学の専門家です。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授も「新型コロナウイルスを正しく知ることが私たちにとって最も重要なことです。最新の科学データを元に書かれた本書は大いにその手助けをしてくれるでしょう」と推薦しています。
ここに挙げられている得体のしれない新型コロナウイルスの「7つの謎」とは
- 風邪ウイルスがなぜパンデミック(世界的感染拡大)を引き起こしたのか
- ウイルスはどのようにして感染増殖していくのか
- 免疫VSウイルス なぜかくも症状に個人差があるのか
- 何故獲得免疫のない日本人が感染を免れたのか(欧米に比べ)
- 集団免疫でパンデミックを収束させることはできるのか
- 免疫の暴走はなぜ起きるのか
- 有効なワクチンは短期間で開発できるのか
1.風邪ウイルスがなぜパンデミック(世界的感染拡大)を引き起こしたのか
ウイルスが生物か生物でないかという議論があります。生物の定義にもよりますが、ウイルスも宿主を介して複製を重ねるので便宜上生物と言っていいでしょう。世の中には1億以上ものウイルスが存在しそのほとんどは無害で「病原性」を持つのはほんの一部です。初めは病原性を持っていなかったものが進化の過程で突然変異を起こし、野生動物からヒトにうつるようになり、病気を引き起こす能力を取得するようになったと考えられています。しかし、病原性が強いと宿主を殺してしまうので、宿主を介してしか複製を作れないウイルスにとっては、それは致命傷です。病原性が強からず弱からずというウイルスが宿主とともに生き延びることになります。
パンデミックというのは、複数の国や地域を超えて拡散、世界的な大流行のことですが、歴史的にはスペイン風邪が有名です。SARSやMERSはその広がりは一時的でエピデミックと呼ばれます。
パンデミックを引き起こす原因はいろいろありますが、その1つに経済の発展に伴う環境破壊が挙げられます。森林などの自然環境の破壊により野生動物が人里近くに出没するようになり、野生動物に感染していたウイルスがヒトにかかりやすくなるということdす。エイズの原因であるHIVはアカゲザルに起源があり、SARSも新型コロナウイルスもコウモリに起源があると言われています。また、地球環境の変化、温暖化もパンデミックを引き起こす一因です。温暖化により気温が上昇するだけでなく降水量も変わり、これによって特定の環境における病原体が増え、あるいは感染症を媒介する動物が増え、その分布が変わることが指摘されています。また、ウイルスの変異もパンデミックに大きな影響を与えます。新型コロナウイルスも、感染が拡大するにつれてゲノム上に変異が蓄積されて行きました。最初武漢で発生したウイルスは614D型と呼ばれるものでしたが、ヨーロッパやアメリカNYで見つかるウイルスは614G型です。これは新型コロナウイルスのRNAのアミノ酸の1つアスパラギン酸(D)がグリシン(G)に突然変異した型です。最近日本で見られるウイルスの型もこの614G型になってきているようです。
ウイルスは必ず突然変異するので、環境破壊や地球温暖化の影響と相まって、単なる風邪ウイルスの一種にしか過ぎない新型コロナウイルスもパンデミックを引き起こしているのです。変異が感染性や病原性に関係しているかははっきりしていないようですが、今後のワクチン開発にも影響を与える可能性が指摘されています。
2.ウイルスはどのようにして感染増殖していくのか
ウイルスは、先ほども書きましたが宿主細胞がないと生きられず、これが細菌との違いです。ウイルスは細胞にとってエネルギー工場である細胞小器官やミトコンドリアを持たず、タンパク質合成もできません。自分だけでは増殖(自己複製)できないので、宿主細胞の中に入り込んで宿主のタンパク質合成機構、代謝機構やエネルギーを利用することによってしか活動を維持することが出来ません。
ウイルスは、多くの場合特定の細胞や臓器に感染します。新型コロナウイルスの場合は主に気道の細胞に感染しますが血管内皮細胞にも感染します。ウイルスの表面にある分子があたかも「鍵」のように宿主動物の特定細胞の上にある構造(鍵穴)に結合し、細胞内に入り込みます。ウイルスが変異するとこの鍵の性質が変化することで細胞への入り方や感染する細胞も変化します。宿主細胞に入り込んでウイルスは宿主細胞の中のエンドソームという構造に入り、そこでRNAを露出させ、RNAが複製されていきます。複製されたRNAと新たに造られたウイルスたんぱく質が結合しゴルジ体が形成されます。ゴルジ体の中で出来た多数のウイルス粒子が、細胞外へと放出され、更に他の細胞へを拡がっていくのです。
細菌には抗菌剤(抗生物質)が治療薬として有効ですが、ウイルスには抗生物質は効かず、一部の抗ウイルス剤しか効果がありません。従ってウイルス感染に対抗するためには、宿主細胞や宿主となる個体が自分の力で排除することが必要になります。
ウイルスに感染すると最初にⅠ型インターフェロンというサイトカインが増産されます。これはウイルスの増幅を押さるための反応で、自らの細胞に働いて抗ウイルス活性(ウイルスの抵抗する能力)を与えるだけでなく周囲の細胞にも抗ウイルス活性を与えます。しかし、新型コロナウイルスの場合には、Ⅰ型インターフェロンがうまく作られずウイルスの増幅を押さることができないことが知られています。Ⅰ型インターフェロンがつくられると、ウイルスへの攻撃がなされるので感染時に見られる風邪症状が出るのですが、新型コロナの場合患者の多くがほとんど症状を示さないのはⅠ型インターフェロンがうまく作られないのと関係しているようです。Ⅰ型インターフェロンが作られないと、細胞内でウイルスは増え続け細胞はやがて細胞死を起こします。実はこれもウイルス増殖を抑える手段の一つです。一方ウイルスも自らの生き残りのために細胞死を邪魔するメカ二ズムを持つものもいます。ウイルスと細胞はお互いに巧妙な戦術を使い攻防戦を繰り広げているのです。
3.免疫VSウイルス なぜかくも症状に個人差があるのか
この章は専門的なところが多いので簡潔に理解できる範囲でまとめます。
新型コロナウイルスはインフルエンザと一見よく似た呼吸器症状を引き起こし、感染者1人が他人に移す数も同程度ですが、よく見ると様々な相違点があります。インフルエンザの場合侵される組織は主に呼吸器系ですが、新型コロナの場合は呼吸器系に加えて血管・免疫系・神経系にも影響を及ぼします。インフルエンザの潜伏期間は1~3日ですが、新型コロナは1~12日(多くは5,6日)、死亡率はインフルエンザの場合0.1%に対し新型コロナは0.5%~5%(高齢者ほど高い)となっています。若年者では少ないものの重篤化するケースが一定数あって、強い疲労感や呼吸困難感が残り社会生活に戻れないような大きな後遺症を残す場合が少なくありません。8割以上が順調に治るという点ではインフルエンザと大差ありませんが、2割近くが症状が進み、高齢者では症状が重くなって死に至る確率が高くなり、若年者でも後遺症が残る人がかなりいます。新型コロナの場合、入院が長期化するため医療体制に大きな影響を与え、医療体制をひっ迫させ、医療崩壊につながる危険性をはらんでいます。
人間の身体には自然免疫(生まれた時から持っていて数分から数時間で反応する)と獲得免疫(感染あるいはワクチン接種ででき、反応するのに数日かかる)という二段構えの防御体制があります。自然免疫と獲得免疫では相手を認識する仕方が異なります。簡単に言うと、自然免疫系細胞では異物センサーがパターン認識によって大まかに反応するだけであるのに対し、獲得免疫系細胞では抗原レセプターが異物の細かいところまで正確に識別して反応します。自然免疫系では反応開始速度は速いものの記憶能力はないと言われていますが、獲得免疫系は反応開始速度は遅く数日かかりますが記憶能力があり二度目以降の反応は最初に比べ強くなります。この自然免疫も獲得免疫もどちらもかなり個人差があります。例えば風邪を引きやすい人と引きにくい人がいるのも免疫の強さに個人差があるからです。新型コロナではアジア人は欧米人に比べて重症化しにくく何らかのファクターXのようなものを持っているのではないかと言われますが、現在のところそのようなものは見つかっていません。
4.何故獲得免疫のない日本人が感染を免れたのか(欧米に比べ)
日本の新型コロナウイルス感染者数、死亡者数は欧米に比べてかなり低い数字になっています。新型コロナに関し、自然免疫の重要性を指摘する見解が出ていますが、筆者は免疫学の立場から否定的です。つまり、新型コロナに対する防御には自然免疫も重要ですが、自然免疫だけでウイルスを排除できるとは言えず、日本人が欧米人に比べて自然免疫が強いというエビデンスもないということです。
BCG接種が新型コロナの重症化・致死率の抑制に効果があるという報告があります。BCGを広く国民に摂取している国では新型コロナによる感染率・致死率が低い傾向にあります。これらの国はアジア・オセアニア・アフリカであることが多く、一方、アジア・オセアニアであれば、BCG接種を広く行っていないオーストラリア・ニュージーランドでも感染率・致死率は低くなっています。つまり、BCG接種ではなく、アジア・オセアニアということに意味があるというのです。日本人だけでなく、アジア・オセアニア全体に何らかの新型コロナに対する抵抗性に関わる要因があるようです。それは血液型ではありませんし、キスしない、ハグしない、土足で家に入らないといった生活習慣の差だけでもありません。著者は、既知のことでない何かがあるのではないかと言っています。
5.集団免疫でパンデミックを収束させることはできるのか
「人口の60%が感染すれば流行が収束するはずなので、国民の多数が感染することで『集団免疫』をつけることが望ましい」という見解があります。「集団免疫」というのは、特定の集団が感染症にかかるか、あるいはワクチン接種により多くの人が免疫を獲得し、それによって集団全体が感染症から守られるようになる現象のことです。
中国の武漢やイタリアのロンバルディアのように極めて深刻な感染状況だったところでもせいぜい2割程度の感染状況です。社会を構成する人は均一ではなく、免疫力の点からも弱い人から強い人まで多様で、弱い人から先に感染し、感染が進むほど抵抗力の強い人が残って感染は一様には進みません。また感染が進むにつれて行動規制をしたり距離(ソーシャルディスタンス)を取るようになります。こうしたことから、社会の中での感染拡大はあるところから進みにくくなるので、6割が感染するというような集団免疫の形成は難しいのです。
感染第2波では、致死率が大幅に低下しています。しかし、これは集団免疫が形成されたからではありませんし、ウイルスが変異をして病原性が低下したからでもありません。第1波の時に比べ、PCR検査体制が拡充され分母である感染者数が多くなったから致死率が低下したように見えるだけです。
6.免疫の暴走はなぜ起きるのか
新型コロナで困った点は、一部の人に重症化が見られ、特に肥満や高血圧、高尿酸血症などの合併症があると重症化リスクが高くなり、生命の危険に瀕することがあるということです。ここも専門的な内容ですが、「新型コロナウイルス感染症では、感染が進むにつれて、なぜか炎症性サイトカインが作られすぎて、免疫の暴走がそこり、これが重症化につながる」というのです。
先ほども触れましたが、新型コロナウイルスは、ウイルスの増幅を押さえるⅠ型インターフェロンの産生を抑制するのです。Ⅰ型インターフェロンがうまく作られないためにウイルスの増殖を止められず、感染は進行し、重症化に至ることになります。ところが不思議なことに、重症化した患者で、当初産生が悪かったインターフェロンがなぜか急激に血中で増え、これとともに炎症性サイトカインの産生も急増し、種々の免疫細胞の活性化が進み、免疫細胞の暴走が始まります。炎症性サイトカインが過剰に産生・放出され、ドミノ倒し的に炎症反応が広がり、それにブレーキがかからず、免疫系を疲弊させ、更に肺を含む様々な臓器の機能不全(多臓器不全)を引き起こします。
7.有効なワクチンは短期間で開発できるのか
自然免疫や獲得免疫だけでは容易に集団免疫が得られないとすれば、新型コロナに対抗するためには、予防や治療のための手立て、特にワクチン開発が急務です。既にいくつかの会社でワクチンの実証検査に入り90%を超える有効性が報告されています。著者は、安全で予防効果の高いワクチンが出るまでにはかなりの時間がかかるのではないかを言っています。その一番の理由は、コロナワクチンがわれわれの身体に抗体を作らせるときに、必ずしも善玉抗体である中和抗体だけでなく、悪玉抗体や役なし抗体を作らせることがあるからです。つまり、ワクチンを接種したからといって、ウイルスをやっつけてくれる良い抗体だけが出来るわけではないのです。ウイルス感染やワクチン接種で抗体ができる場合、却って感染を促進させるような抗体、悪玉抗体ができ、却って症状を重くする場合があるのです。
また、ワクチン投与後に起こる思わぬ反応として抗体非依存性過敏反応が起こることもあります。これは一種のアレルギー反応です。
ワクチンは単に抗体を作ればいいのではなく、前臨床実験と呼ばれる動物実験から臨床試験を通じて副反応(副作用)の有無に細心の注意を払うことが必要になります。これまでのワクチン開発の例を見ると、動物実験から臨床試験を終えて、最終的に認可されたのは全体の4%程度にしかすぎません。ワクチン開発というのはこれほどまで難しいものです。ロシア、アメリカ、イギリスなどで過剰なワクチン競争が起こっていますが、安全性・予防性が十分に確認される前にヒトへの摂取が始まっておりリスクがあります。ワクチンは健康な人に接種するものなので、健康リスクを冒してまで開発を急ぐというのは適当ではないと著者は警鐘を鳴らしています。
新型コロナウイルスは未知の部分も多く、甘く見ていると危険ですが、敵を知れば、その対策は講じることはできます。本書は新型コロナウイルスという敵を知るうえで最新のものであると思います。