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休日の本棚 両利きの経営

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おはようございます。

昨日の新規感染者は全国で302人で、東京39人、神奈川24人、大阪26人、沖縄33人などとなっています。東京でもオミクロン株の市中感染が確認され、今後は年末年始の帰省や旅行などで全国的な広がりを見せるのではないかと懸念します。岸田首相は「帰省や旅行はオミクロン株の動向を踏まえて慎重に検討していただくようにお願いする」と呼びかけました。このままオミクロン株が市中感染すれば、2月には1日当たりの新規感染者が3000人を超えるとの試算もあるようなので、一人ひとりが気を緩めることなく、これまで通りの感染防止策を徹底していくしかありません。

さて、今日は、チャールズ・A・オライリー&マイケル・L・タッシュマン著「両利きの経営」(東洋経済新報社を紹介します。

オライリー氏はカリフォルニア大学バークレー校教授、タッシュマン氏はコロンビア大学教授です。

この本が掲げる「両利きの経営」は極めてシンプルで、既存の事業を深めていく「深化」と新しい事業を開拓する「探索」を同時に推進するということにつきます。

本書は「イノベーションのジレンマ」などの著書で知られるクレイトン・クリステンセン教授が「イノベーションのジレンマ』を超える最重要理論」と絶賛しています。

本書(日本版)の魅力は、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄教授が理論面で、経営コンサルタントである富山和彦氏が実務面で日本企業への示唆というべき解説をしてくれている点です。

1.両利きの経営とは

 「両利きの経営」の基本コンセプトは「まるで右手と左手が上手に使える人のように、『知の探索』と『知の深化』について高い次元でバランスをとる経営」ということです。

 多くの経営学者は、「知の探索」と「知の深化」がイノベーションにとって重要だと考えています。「イノベーションの父」と呼ばれた経済学者のシュンペーターは「新しい知とは、『既存の知』と『既存の知』の『新しい組み合わせ』で生まれる」と言います。イノベーションは新しいアイデアや新しい知を生み出すことですが、何もないところから全く新しいものは生まれません。新しいものというのは既存のものの組み合わせで生まれるのです。

 新しい知を生み出すために必要なことは「自分の現在の認知の範囲外にある知を探索し、今自分の持っている知と新しく組み合わせること」です。これが「知の探索」です。一方で、「知の探索」だけではビジネスになりません。新しく組み合わされてできた知が「商売のタネになるか」は分からないからです。そこは徹底的に深堀して、何度も磨き込み、収益化する必要があります。これが「知の深化」です。

2.コンピテンシー・トラップ

 しかし、企業や組織は、どうしても知の探索を怠りがちになります。知の深化に傾斜する傾向があるのです。これも当然のことで、知の探索は行うのが難しいからです。

 知の探索は自分の認知の外に出ることなので、経済的、人的、時間的にコストがかかります。また、新しい知と知を組み合わせることなので不確実性が高く、失敗する可能性も高いのです。一方で、知の深化は、既存の知を活用することなので、コストも小さく、確実性が高く失敗の可能性も低いのです。

 したがって、経営者や意思決定者は、知の探索をおろそかにして、知の深化に走ろうとするのです。

 これは、短期的には合理的な意思決定となりますが、知の探索がおろそかにされた結果、中長期的にはイノベーションが枯渇します。これは、まさに自己崩壊であり、コンピテンシー・トラップと呼ばれています。

 コンピテンシー・トラップとは、「企業が既存の主力事業や過去の成功体験にとらわれて従来のビジネスモデルに固執し、新たな可能性を視野に入れなくなること」を意味します。

 イノベーションを起こすためには、「知の深化」と「知の探索」の両輪で、「知の範囲」を広げ続けることが大切なのです。しかし、実際には、目先の利益に追われて、知の探索はおろそかになりがち、中長期的にイノベーションの可能性を狭めてしまう(コンピテンシー・トラップ)のです。

3.両利きの経営を進めるコツ

 この本の中では、次の4つが挙げられています。

  1. 知の探索と知の深化を資産があって戦略上重要な事業領域で行う。
  2. 社内ベンチャー(知の探究チーム)の育成と資金提供に経営者がコミットする
  3. 社内ベンチャーが独自の組織運営を行えるよう既存事業のチームから距離を置く
  4. 社内ベンチャーと既存事業にまたがる共通のビジョン、価値観、文化を持つ

 特に重要なことは、「新しい部署に必要な機能(例えば開発・生産・営業)をすべて持たせて、独立性を保たせること」と「一方で、トップレベル(例えば担当役員レベル)では、その新規部署が既存部署から孤立しないように、両者が互いに知見や資源を活用し合えるよう交流を促すこと」が重要になってきます。

 特に日本企業の場合、評価基準の見直しも不可欠失敗の可能性が高い知の探索」で、既存事業と同じ評価基準を使ったのでは、失敗を恐れ、誰も知の探究をやらなくなってしまうからです。

4.両利きの経営におけるリーダーシップ

 両利きの経営ではリーダーシップが極めて重要になってきます。ここでは次の5つが指摘されています。

  1. 心に訴えかけて幹部チームを巻き込む
  2. 探索と深化の緊張関係(葛藤)が生じるポイントを明確に把握する
  3. 探索チームと深化チームのメンバー間の対立に向き合い、そこから学び、バランスをとる
  4. 深化チームには利益と規律を求め、探索チームには実験を奨励する
  5. 探索事業と深化事業についての意思決定と議論に時間を割く

 組織のリーダーが既存事業の成功を深化させながら、既存の組織能力を活用して、新市場を探究する両利きの経営を行って初めて長期的な成功につながるのです。

 探索と深化をどちらも同時に実現するためには、それぞれを別のチーム・組織に分けるだけでなく、異なるビジネスモデル、組織能力、システム、プロセス、インセンティブ、文化も必要です。両利きの経営で要求されることは、リーダー自身がその違いを育んでいかなければならないということです。

 両利きの経営に求められる要素には、探索事業と深化事業にまたがる共通のアイデンティティもあります。協力が必要なことを正当化する共通のビジョンがあれば、従業員は重要な長期的なマインドセットも身につけやすくなります。リーダーは分かりやすい言葉で、このビジョンを訴えなければなりません。

「両利きの経営」は、「右手」と左手」の両方を使うだけでは効果は望めません。楽器(ピアノ)の演奏者のように、「探索」と「深化」には異なる動きが要求されます。両方のバランスを調整し、統合して初めて一つのハーモニーを奏でることができるのです。