休日の本棚 成果主義と人事評価
おはようございます。
これまでも、ジョブ型雇用との関係で成果主義については書いてきましたが、今日は改めて本の紹介です。
コロナ禍でのテレワークの導入に伴い、ジョブ型雇用にシフトさせようとしている企業もあり、一般にジョブ型雇用=成果主義と見られています。ジョブ型雇用と成果主義は密接な関係はありますが、まったく同一視できるものではありません。この本も、初版は2001年に出版されていて、ジョブ型雇用との関係で論じられているわけではありません。
人事制度を抜本的に変えて人心を一新しようという動きは以前からありましたが、現実に処遇を変動させると社員の士気は下がるかもしれませんし、社員の生活保証に重点を置きすぎると、高い人件費が経営を圧迫しかねません。一方で、人件費の削減に成功しても、優秀な人材が育たなければ業績は向上せず、苦労して優秀な人材を育てても他社に引き抜かれては意味がありません。中途半端な人事制度の改革では意味がなく、さりとて抜本的な改革を行うには勇気がない、と言ったところが大方の経営者の心中です。ただ、間違いなく多くの経営者は、終身雇用と年功序列に守られた日本的経営を捨て(あるいは日本的経営の良さを残しつつ)雇用の流動化と成果主義賃金を受け入れなければ現状の閉塞感を打破できないと感じているはずです。それが単なる気分にとどまらず、ようやくコロナ禍での働き方改革で、具体的な人事制度の形となって現実に人事評価や賃金制度の改革へと一歩歩を進めてきているように思います。
この本は、人事制度の改定につきものの悩みをさまざまな側面から考察し、真に企業価値を高める人事評価と処遇の在り方への手掛かりを探ることを目的として書かれており、今でも十分に役立つ本です。
第1章 危うい成果主義人事評価
成果をどのように評価するのかという問題がありますが、評価の基準によって成果主義に基づいた人事評価や処遇制度には様々な問題が出てきます。どのような制度を作っても、それには長所と短所を必ず伴うため、根本的な問題は解決されず、これで十分という安心感が得られません。そうすると、さまざまな不都合が現れるために何年か経つと人事制度の改定が話題となり、議論は堂々巡りを繰り返します。
日本においては、成果主義的な賃金体系を導入した後も、従来の評価方法との整合性を図り、職場の風土や組織運営に悪影響を与えないように慎重に運用します。これは日本型経営の良さである反面マイナスにも作用します。成果主義の本来の目的は、やる気を出させて業績を向上させることですが、実際には運用段階でマイルドに修正され、やる気も業績も向上しないということになってしまうこともあるのです。そうなると、成果主義は減点評価のための手段と化し、結果を出さない社員を単に脅すだけの手段になってしまいます。
現代の経営者は、経営理念の喪失、情報の氾濫、市場の脅威の中で、重責を担う孤独な存在です。このような経営者が、戦後の高度成長期を支えた終身雇用慣行や年功序列型賃金の重圧から逃れ、人件費を有効活用できる便利な人事制度に頼りたいと考えるのも当然です。しかし、このような経営者の願いにこたえて人事制度を改定しても、実際には大した効果はありません。人件費削減と業績向上を同時に実現するはずの仕組みが期待通りに機能しないのです。それは、改定された人事制度の内容が経営者の不安を単に表面的に緩和するために作られているにすぎないからです。中途半端な人事制度の改定では何の役にも立たないのです。
第2章 変貌する仕事と人事制度
仕事の分担について、個人ごとに役割課題が明確にされ、仕事は自己完結的になってきています。ルーティン作業で結ばれていた昔の職場に比べて、現代の職場では身体を使った共同作業が少なくなり、仕事を通じて同僚と呼吸を合わせることが少なくなった分だけ人間関係も疎遠になってきています。テレワークの進行に伴いさらにこのことが助長されています。テレワークでなくても、一人ひとりの仕事のスタイルが自己完結的になってくると、職場で働いていても、どこかテレワークに近い疎外感を感じるようになります。
私たちは、自己完結的に仕事を進めながらも、自分の仕事ぶりが上司や同僚からどのように見られているかに非常に気を使うものです。しかし、自分の存在意義を認めるべき評価基準も揺れ動いているため、不安が増幅されるのです。人間は不安になると大胆な行動をするのを避け、そこそこの評価でも確実な評価を得たいとリスクヘッジを考えます。
経営者も社員も将来に不安を感じながら現在の成果に頼っています。経営者が社員の成果に見合った報酬を支払うという関係の上に企業組織は辛うじて均衡を保っているのです。ところがこの均衡は極めて危ういものです。将来に大いなる不安を抱きながら短期的な成果と報酬の交換でその場をしのいでいるだけで、いざ経営環境に逆風が吹いたときには、経営を立て直したり組織を維持したりする力が働かないことがあります。不安がある組織では、経営環境の動揺の中で企業が存続していく底力を失うのです。
現代のように経営者の不安や危機感が強い時代ほど、強力なインセンティブで社員の業績推進マインド(モチベーション)を高めようとします。しかし、短期的な収益追求やノルマの達成に執着するような評価が行われると、仕事の意味を深く考えることよりも行動することが優先され、かえって社員を現実感覚から遊離させ、自発的に価値を生み出そうとする意識を曇らせてしまいます。自分の存在を一番気持ちよく実感できるのは、誰かに信頼されたり、人の役に立って感謝されたときです。人(同僚や上司)との間で信頼関係を築き、何らかの価値を生んでいると自覚するとき、やりがいを感じ、自分の存在意義を実感するのです。これが仕事に対する内的動機付けになるのです。
今日の人事評価は難しいものです。それは、単に昇進の序列や金銭的な生活保証だけでなく、社員の存在感を証明する役割も担っているからです。
第3章 成果主義をどう活用するか
価値を生みやすい適正規模の組織を作った場合、人的リスクへの対処が最大の問題となります。社員一人が力量に見合った大きな権限を持ち、仕事を自分の裁量で進めることができる組織では、一人ひとりの社員の考え方と行動によって企業業績が大きく左右されるからです。
このような人的リスクを回避する第一歩は、上司と部下が働く条件について合意をしておくことです。基本的な合意事項を明文化したならば、次のステップは価値観を共有することです。新しい価値観を生み出す場は、社員と顧客あるいは社員同士に関わる具体的案件です。具体的案件への対処を通じて価値は生まれます。ところが価値というのはきわめて主観的なもので、評価する中で気力と体力をかけて真剣に議論しなくては発見できません。徹底的な議論を重ねていくことによって、企業として大切にすべき価値観が明らかになり、その価値を生んでいる行動を高く評価することによって価値観が伝播され共有されていきます。
価値の発見と共有を意識した人事評価が行われるとき、その評価の納得感はおのずから高まります。評価が妥当かどうかを判断するときには、どんな価値観に基づいた評価なのかを知ることが最も重要です。経営者と社員の間で価値観が共有されていない限り、社員はどのような評価を得ても納得しませんし、評価が行動のインセンティブにはなりにくいのです。安易に客観的基準だけで評価を行うと、根底にある価値観が見えないために、たとえ高い評価や処遇を与えられたとしても社員は将来に不安を案じてしまいます。経営者が時間と体力をかけて真剣に議論して発見した価値観を社員と共有して初めて、社員は会社と繋がっているという安心感を持ち、その価値観に立脚した行動を取ろうとするのです。
このように人事評価を捉えるとき、人事評価は経営者と社員あるいは上司と部下の間のコミュニケーションの結晶です。価値観の共有を促進する視点から人事評価を活用するには、経営戦略的な視点からコミュニケーションのあり方を見直す必要があります。人事面談だけでなく、定例会議、個別案件の打ち合わせ、朝礼、研修、日々の会話などあらゆるコミュニケーションの機会を、価値の発見と共有という観点から見直さなければなりません。価値の発見と共有という意識が日常会話の一言一言に反映されるようになれば、コミュニケーションが活性化し、組織の生命力が再生していきます。
コロナ禍でテレワークが進行する中、成果主義は避けることができない必然的な流れです。しかし、現在のような経営環境で成果主義を徹底すると、淘汰されてしまう恐怖心から社員に警戒心が高まり、信頼関係や協力を損なうことがあります。その根本的な原因は、価値を生みやすい組織になっていなかったり、ビジネス・コミュニケーションが徹底されていないことなのです。
経済合理性だけを行動の指針とせず、協力する人間関係こそが本来のあり方であり、成果を上げることは人間関係構築のための手段だという視点に立ってみることも大切です。成果主義の風潮を人間的な観点からみて、価値の発見と共有、そのためのコミュニケーションを重視することが大切なのです。