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休日の本棚 組織戦略の考え方ー企業経営の健全性のために

おはようございます。
今日は、沼上幹著「組織戦略の考え方ー企業経営の健全性のために」(ちくま新書という本を紹介します。
著者の沼上氏は一橋大学大学院商学研究科教授で、選考は経営戦略論、経営組織論などです。
日本において、バブル期には「日本型経営は優れている」という基本路線が継承されていましたが、バブルが崩壊すると「日本企業は駄目だ。アメリカに学べ」と言われるようになりました。果たして、本当に日本型経営は間違っているのでしょうか?
著者は「日本の組織が劣化していくことがよくあるのを知っているけれど、日本の組織の本質的な部分を維持しながら、どうにかこうにかダメにならずに経営を続けていくにはどうしたらいいのか」という問題意識に基づいて議論を展開していきます。本書は、流行りのカタカナ組織論とは一線を画し、日本的経営を前提に極めて常識的な論理を積み上げて組織設計の考え方を示してくれていますので、分かりやすく理解しやすくなっています。
組織設計にしろ経営戦略にしろ経営というものは「こうすればうまくいく」というような明確な答えはありません。ビジネスパーソンなり経営者なりがその場その場で自分の頭で考えて答えを導き出すしかありません。「経営学は何の役にも立たない。実践的でなく実務に役立たない」と言われますが、概して社会科学とはそういうものです。政治学や経済学が現実の政治や経済に直接役立っているように見えないのと同じです。
社会科学系の学問は、現実問題を直接解決するものではなく(刻々と変化し続ける問題状況の中でできるはずもありません)、どのようにすれば問題となっている背景を把握し分析しどのように解決していくのかという基本的指針を提示してくれ、思考の道筋や手掛かりを与えてくれるものです。
経営学も答えを与えてくれる学問ではなく、経営学で培われた理論的思考が、現実の経営の場面で現れる問題や課題を解決するための指針となってくれるのです。
本書は、「第1部 組織の基本」「第2部 組織の疲労」「第3部 組織の腐り方」の3部構成になり、全10章で構成されています。
1.組織の腐り方
 本書の構成の順序とは異なりますが、「第3部 組織の腐り方」から取り上げます。
 「会社の寿命は30年」と言われることもありますが、明確にこのような法則があるわけではありません。しかし、「組織は何も手を加えなければ時とともに腐る」のは間違いなさそうです。
 本書では、組織の腐敗傾向をもたらす2つのメカニズムとして「ルールの複雑怪奇化」「成熟事業部の暇」が挙げられます。
 「ルールの複雑怪奇化」とは、組織において、新陳代謝が起こりにくく古いものはそのまま残り、古いものの上に新しいものが付け加えられ、その結果古い組織ほど複雑怪奇なルールを持ってしまうということです。
 「成熟事業部の暇」というのは、皆が仕事に慣れていて仕事遂行能力が余りその余った時間で内向きの無用な仕事が次々と生み出されてしまうことです。この2つが徐々に組織の健全性を蝕み、「知らないうちに宦官のような社内政治家を増やし、売上や利益を外の世界から獲得してくる武闘派の社員を窒息させてしまう」というのです。
 そして、この「ルールの複雑怪奇化」「成熟事業部の暇」という状況、つまり腐敗は伝播するのです。今、大丈夫と思っていても、とりわけ顧客企業や他の部署が腐敗してくると、知らないうちに自分の会社も部署も腐敗するのです。
 それでは、腐敗にいち早く気づくにはどうすればよいのでしょうか?またその対応策を進めるにはどうすればよいのでしょうか?
 組織腐敗のチェックポイント1―社内手続きと事業分析のバランス・・・手続き論や筋論に時間がとられすぎるようになると問題。時間配分の健全性が重要。新規事業開発にしろ新規商品開発・既存商品の改良にしろ、事業内容の検討が重要なのに社内の反対や批判の対処に時間を取られるようなら論外。
 組織腐敗のチェックポイント2―スタッフたちのコトバ遊び・・・皆がどれだけ暇で、その暇がどれだけ内向きの仕事に向けられているかをチェックする。社員の雑談の質をチェックする。
 では、腐敗から回復するにはどのようにすればよいのでしょうか。
 1:既存の秩序をできる限り徹底的にきれいに破壊すること・・・「重要な伝統」「社員に与える不安感が心配」という声にも一理あるが、組織がある程度腐敗してしまうと回復軌道に乗る唯一のチャンスはトップダウンによる乱暴な現状は回しかない。
 2:この既存秩序の破壊に伴って、社員の注目が一時的に社内に向いてしまうのを、新規事業や既存事業の利益水準の回復に向ける・・・①既存秩序を破壊し、新しい組織デザインへ移行するシナリオをについて、コア人材たちに明確な論理で説明すること ➁できるだけ簡潔に組織デザインの話を切り上げ、社員の意識を外向きに無理矢理にでも方向付ける。
 3:暇と忙しさのメリハリをつける・・・暇な人と忙しい人のメリハリをつける=組織が腐りかけているときには優秀な人とそうでない人を明確に分けるのを恐れてはならない。仕事のできない人を暇にしてはならない。仕事ができる人が暇になると新事業開発や更なる省力化など利益に直結する新しい仕事を考案できるようになるとともに、意識が外向けに方向づけられる。こうした循環が重要。
2.組織設計の基本
 次に、「第2部 組織の基本」からいくつか取り上げます。ここでは組織設計の基本が語られています。
 まず、組織設計の基本は官僚制にあるというのです。確かに、「官僚制」という言葉を聞くと悪いイメージしか湧いてきませんが、官僚制が組織設計の基本中の基本です。カタカナの組織論にかぶれてそれを振りかざすのは危険です。日本の場合、官僚制組織が基本にあるのですから、それを基本としつつ問題点をあぶりだし改革していけばよいのです。著者は、長期的に望ましい組織設計と短期的に望ましい組織設計とは相相反すると言っています。短期的には垂直分業や職能別分業が効率性を発揮できるが、長期的には経営者として大きな視野を持つ人材の育成に失敗することが多いのです。官僚制を基本としつつ、不確実性が高まるにつれて、官僚制に新たな工夫が付加され汐式が複雑化し、また人材育成のことを考えて垂直・水平両方向の分業を緩やかに若干追加的に修正していくのがよいと言っています。
 日本の企業の組織を見ると、メチャクチャというか奇妙な組織構造になっていることがよくあります。しかし、奇妙な、メチャクチャな組織に問題があっても、組織変革をやりさえすれば問題が解決するというわけにはいきません。組織デザインは万能薬ではないのです。問題を処理するのは組織ではなく人なのです。
3.組織の疲労
 次に「第2部 組織の疲労」を取り上げます。
 著者は、「企業組織というのは機械ではない。機械なら時折油を刺して、モーターを回して居ればかなり長い間動き続ける。ところがヒトが作りだしている組織は、そうはいかない。組織としてまとまりを保ち続けるように誰かが努力しないと直ぐにガタが来る」と言っています。その通りです。「企業組織には常に水の中の足掻きが必要」なのです。企業組織の邪魔になる無用で有害な厄介者と社内野党を押さえ込んでおかないと組織は正常に動かないのです。特に中間層にインセンティブを与えるようにしないと彼らが「厄介者」になってしまいます。エリート層だけでなく、中間層についても動機付けが重要であり、中間層の活性化を太く深く議論しておかないと、精神的にも肉体的にも多くの組織が病んでしまいかねません。
 権力=パワーの源泉が何であり、それをどのように配分して組織設計すればよいかも重要です。組織にとって重要な問題が発生している部署に情報・知識をベースとした権力があり、そこに正当性パワーと賞罰パワーを一致させておけば、組織設計上は最適解になるはずだと言われます。これほど単純であれば問題はないはずです。しかし権力というのは人の欲が背後にありどろどろとしたもので、権力の源泉はさまざまです。それほど単純化できるものではありません。トラの権力とトラの威を借るキツネの権力という比喩も面白いです。スキャンダルの裏側で権力者が生まれるという指摘もなるほどと思わせてくれます。
 奇妙は権力者を生まないためには、①トップ・マネジメントの数を減らすこと ②トップ・マネジメントの評価に、内向きの評価基準は使わないこと の2つが重要です。
全体的に抽象的な話になりましたが、興味のある人は読んでもらえば具体的な事例を使ったり図解されていたりと分かりやすく理解しやすい内容です。カタカナの組織論に違和感を感じていた人にはお勧めです。